OTO ZONE

『ブラック・スワン』

2011年6月4日

昨日、映画『ブラック・スワン』を観てきました。
みなさんから、「ぜひ感想を」とのリプライを多数いただいたので、
ネタバレしない程度に、僕なりの感想を書いてみたいと思います。

まず、この映画はバレエを描いてはいるけれど、
決して「バレエ映画」ではない。人間の心理を描いた物語。
バレエを知らない僕でも、十分に楽しめました。

前評判の高かったナタリー・ポートマンの演技も圧巻。
美しさ、儚さ、気高さ、という異なる要素を巧みに操りながら、
見事に主人公のなかに眠る様々な感情を演じ分けていた。
終盤の重要なシーンでのダンスと表情は、まさに鳥肌モノ。
映画『レオン』の少女役のときも、いい表情してたもんなあ。

さて、本題。
僕も表現者のひとりとして、いろいろ考えさせられる映画でした。
「白」という色しか知らない人が表現する「白」と、
対極に位置する「黒」という色まで表現する力を持った人が伝える
「白」は、同じ色のはずなのに、深みが違ってくる。
観客(読者)のなかでの響き方が違ってくる。

僕が発信しているメッセージは、たぶん「白」。
でも、僕が本当に「白」しか持ち合わせていなかったら、
これだけ多くの人々に僕の思いは伝えられていない気がする。
僕にも、いつからか黒がある。
いや、「乙武さん、よくブラックジョーク言いますもんね」という
その黒じゃなく、本当の黒。心の、黒。

昔は自分のなかに「黒」があることなんて認めたくなかったし、
それが怖くて仕方なかった。でも、いつからだろう。いまの僕は、
自分のなかにある「黒」をじっくり見つめたり、いろいろな角度から
ながめている時間が、決して嫌いじゃない。
なんなら酒でも汲み交わしながら、ゆっくりと己のなかの「黒」と
語り合いたい。

自分のなかの「黒」とじっくり向き合えるようになってから、
僕はバランスが取れてきた気がする。

昔は、何かあればポキリと折れてしまいそうな脆さがあったけれど、
いまはそう簡単に折れやしない。

まあ、折れたら折れたで、また叩いて、延ばして、好きな形に
作り変えたらいいや、という開き直りにも近い思いがある。
僕がFUNKISTを愛してやまないのも、
彼らのメッセージが決してきれいごとの「白」なんかじゃなく、
社会の「黒」、人間の「黒」とさんざん向き合って、語り合ってきた
過去から生みだされる「白」だからなんだと思う。
そうした人間にしか生みだせない、叫び。思い。色――。
だから、僕の心に響く。

だから、太宰治が好き。
己のなかの「黒」に苦しめられ、翻弄されつづけたにもかかわらず、
その「黒」と誠実に向き合い、その「黒」を抱きしめつづけた太宰。
彼は、弱かったんじゃなく、マジメだったのだと思う。
そんな迷いや葛藤が、素直に垂れ流される彼の作品が、
たまらなく愛おしい。

映画『ブラック・スワン』、僕は表現者としての「白」と「黒」について
じっくり考えさせられた作品でした。

そして、主演のナタリー・ポートマンは、その「白」も「黒」も、
どちらの色も最高の形で表現してみせてくれました。
本当にすばらしい女優さんだと思います。

あくまでも、僕の所感です。
みなさんの感想も、ぜひ聞かせてくださいね。


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