OTO ZONE

救われた命

2010年11月24日

東京新聞『わが街わが友』全12回の連載をお届けするシリーズ。
今日は、長男誕生までの思い出をつづった
第10回「救われた命」をお送りします!

 

第10回『救われた命』
梅の名所として知られる、世田谷区立羽根木公園。その南西に広がる閑静な住宅街が梅丘だ。仕事の都合により、この街に転居することになって一ヵ月。妻のおなかに命が宿っていることがわかった。結婚7年目のことだった。

それは僕ら夫婦にとって、「待望の」なんていう言葉では表せないほどに大きなよろこびだったが、いざ妊娠してみると、決して手放しではよろこべない状況だということがわかってきた。妊娠中は、決して重いものを持ってはいけないというのだ。それまで入浴やトイレなど、僕に関するすべての介助を妻が担ってきた。重いものを持ってはいけない、つまり、僕のことを抱えてはいけないとなれば、僕らの生活は成り立たなくなってしまう――。

そんなピンチを救ってくれたのが、僕の友人たちだった。毎晩、入れ替わり立ち替わり梅丘にあるわが家を訪れては、身重の妻に代わり、僕を抱えて風呂に入れてくれたのだ。なかにはベロベロに酔っ払いながらも、「今日はオレの番だから」と介助に来てくれた友人までいた。彼らの助けがなかったら、おなかにいる子どもは大きな危険にさらされていたかもしれない。

だから、その数ヵ月後、長男が無事に誕生してきてくれたときには、こう思ったのだ。

「この子は僕ら夫婦の思いだけでなく、ここまで支えてくれた多くの人の思いを受けて生まれてきてくれたのだ。この命、大切に、大切に育てていかなければ――」

その後、僕らは「やっぱり祖父母のサポートが得やすい場所に引っ越したほうがいいだろう」との理由から、わずか4ヶ月半でこの梅丘を離れてしまった。だが、いまでもこの街を訪れると、当時の記憶が鮮明によみがえってくる。友人への感謝の思いとともに。


歌舞伎町の教育者 オトフォン
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