ストライクゾーンという幻想
新刊『ありがとう3組』が、ついに発売となりました。なぜ、映画化まで決まった『だいじょうぶ3組』の続編を書こうと思ったのか。それは、前作にはどうしても盛り込めなかった内容が2つあったから。ひとつは、「発達障害」。ひとつは、「親子の関係」。今日は、「発達障害」について書いてみたいと思います。
まずは、こちらをお読みください。「発達障害について、正しい認識を(http://togetter.com/li/297720)」――これは今年5月、大阪維新の会による家庭教育支援条例(案)に対して僕が感じた疑問と、発達障害の当事者やご家族の方々からのコメントをまとめたものです。
お読みいただいてわかるように、いまの日本の社会において、発達障害に対する正しい理解・認識はそれほど高くありません。それだけに、その当事者やご家族は、この社会にかなりの息苦しさ、生きづらさを抱えていることでしょう。それは、僕が3年間の教員生活のなかでも、強く感じていたことです。
現在の教育現場では、診断を受けていないケースや軽度も含めれば、各クラスに1~2人は発達障害のお子さんが在籍しています。もちろん、僕のクラスにもユニークな特性を持つお子さんが何人かいました。彼らとどう向き合い、どんな指導をしていくのか。これは現場で喫緊の課題だと感じていました。
新刊『ありがとう3組』には、泰示という発達障害のある転入生が登場します。強烈な個性の出現に、周囲は面食らい、ドン引きし、拒否反応を示します。ある意味、それは自然なことだとも思います。でも、そのまま彼を孤立させるわけにもいかない。だけど、彼の欲求にすべて応えれば、秩序が乱れていく――。
これは主人公・赤尾だけの悩みではなく、現場に立つすべての教師の悩みと言っても、過言ではありません。まさに、今日の教育現場における大きな課題と言っていい。でも、課題と認識されはじめてから日が浅く、研究もそこまで進んでいるとは言いがたい。だからこそ、「正解」はなく、教師一人ひとりが悩みながら、暗中模索している。
主人公・赤尾も、彼なりのやり方で泰示と向き合い、周囲との溝を埋めていこうと努力します。これは赤尾の手法であり、教師としての僕の手法でもありました。でも、職員室のなかでは、僕と(赤尾と)正反対の対応をする先生もいました。いまでも、どれが正解なのかはわかりません。けれど、これだけは言いたい。
大人は、社会は、勝手にストライクゾーンを作り出し、そこに子どもたちをはめこもうとする。そして、どうにもその枠にはまらない子に対しては、眉をひそめたり、声を荒げたり。発達障害の子どもたちは、そうしたストライクゾーンから最も遠くに位置する存在。彼らの生きづらさは、想像を絶します。
でも、よく考えてみれば、そのストライクゾーンは、大人たちが効率のいい社会にするために勝手に作り出したもの。発達障害のある子どもたちは、決して「悪い子」なんかじゃない。ただ大人たちにとって、「都合の悪い子」であるだけなのです。「困った子」ではなく、当事者自身が「困っている」のです。
以前から繰り返し述べているように、障害者は「劣っている」のではなく、「違っている」のだと思っています。それは、発達障害に関しても同じ。日本が真に成熟した社会となっていくには、この「違い」に対して寛容になることが重要だと思っていますが、発達障害者への意識、対応は、まさにその試金石。
新刊『ありがとう3組』が、当事者やご家族の苦悩を知るきっかけとなり、みなさんが発達障害に対する考えを深める端緒となれば、これ以上の幸せはありません。また、当事者やご家族の方にもお読みいただき、ご意見をいただければうれしく思います。
『ありがとう3組』(講談社)
http://ototake.com/books/209/
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