OTO ZONE

Oto’s Mail

次男誕生

ご報告させていただきます。 昨日7月9日、14時50分。 わが家に、待望の第ニ子が誕生しました!! 2968グラム。50センチ。 元気な男の子です!! 長男の出産時に続き、幸運なことに今回も立ち会うことができました。 ぎゅっと目を閉じ、僕の首に手を回すようにしてうめき声をあげる妻に、 僕は励ましの言葉をかけることくらいしかできることはなかったけれど、 夫婦ふたりで新しい家族の誕生を迎えることができたことに、 大きなよろこびを感じています。 家族や友人、まわりの人々の助けを借りながら、 この小さな命を、大切に、大切に育てていきたいと思います。 公式Twitterを通じて、多くの励まし&お祝いのメッセージを 寄せていただいたこと、深く感謝しています。 本当にありがとうございました( ^o^ )/


星に願いを

明日は七夕ですね! あれから、もう一年。小学4年生を担任していた去年のいま頃、 ちょうど「七夕」をテーマにした道徳の授業を行いました。   はじめにダミーの短冊を配り、子どもたちに願いを書かせます。 そして、数分後に回収。その短冊を、1枚ずつ、黒板に貼っていきます。 ただし、2つのグループに分けながら。 【Aグループ】 「サッカー選手になりたい」 「ピアノがもっと上手になれますように」 「塾のテストの点数が上がりますように」 【Bグループ】 「おばあちゃんが長生きしますように」 「友達の犬に、早く赤ちゃんが生まれますように」 「足のかかとの怪我が、早く治りますように」 乙武「さあ、先生がどんな基準で分けているか、そろそろ気づいたかな」 子ども「わかった! Aが自分のことで、Bは他の人のこと」 乙武「なるほど。ほとんどが、そう分けられる気がするね。 でも、『足のかかとが~』は自分のことなのにBに分けられてるよ」 子ども「あ…ホントだ」 もうしばらく話し合いを重ねるうちに、子どもたちが答えに行き着いた。 【Aグループ】自分で努力できること 【Bグループ】自分の努力ではどうにもできないこと 子ども「そっか、かかとは自分のことだけど、自分で努力しても治らないもんね」 そこで。 乙武「じゃあ、七夕では、どんなことをお願いしたらいいのかな?」 子ども「努力ではどうにもならないこと!!」 乙武「そっか、ならば、Aグループに分けたような願いは?」 子ども「星に願うんじゃなくて、まずは自分で頑張ってみる!!」 子どもたちの答えに深くうなずき、本番用の短冊を配る。 乙武「さっきよりも、丁寧な字で書こう」 Rくん「じじの病気が、早く治りますように」 Sくん「世界の子どもたちが、大人まで生きて、幸せに暮らせますように」 Yさん「杉四小が、いつまでもありますように」 Tさん「おとたけ先生が、あと一年でも長くいてくれますように」 最後のは、泣けたなあ。。。 みんな、元気かな。 今年は、短冊にどんな願いを書きこんだのかな。


サイン!

7月4日(日)、山口県での講演で、色紙にサイン!


VIVA!日本代表!!

6月29日(水)、テレビの前でサッカー日本代表を応援!!


おっさんバンド

4月から友人と軽いノリでバンド活動を始めました!


南アフリカへの熱き想い

さあ、いよいよ今日からサッカーW杯 南アフリカ大会が開幕します。 日本代表はどんな頑張りを見せてくれるのか! 強豪ひしめくなか、どの国が優勝するのか! 得点王には誰が輝くのか! もう、いまから待ちきれない!!! …というほど興奮が抑えきれないオトタケですが、 じつは僕とはまた違った感情でこの開幕を心待ちにしている友人がいます。 この日記でも何度か紹介しているFUNKISTのvocal.染谷西郷くんです。   彼のお父さんは日本人。お母さんは南アフリカ人。 その容姿から、幼少期には僕らには想像もできないような苦しみを味わってきた。 そんな彼が迎える、“もうひとつの母国”南アフリカでのW杯。 けさ、彼のブログにUPされた日記が、深く心に響いたので、 彼の許可を得て、ここに転載させてもらいますね。   ―――――――――――――――――――――――― おっはよー!! いよいよ始まるぞ 南アフリカワールドカップ!!!!!! 毎日テレビから流れる南アフリカの様子 今まで生きてて、日本でこんなに南アフリカを感じられるのは初めての経験です。 嬉しいなぁ うれしすぎて言葉にならない 俺が子供の頃って、日本人にとって白人はみんな アメリカ人 だったんだよね。 だから子供の時は 「アメリカ人」 「アメリカ人」 ってよくイジメられた。 その度に、泣きながら 「違うぞ!!南アフリカ人だ!!」 って言うと 「あっはっはっは!!アフリカだって~!!象とかライオンが普通に歩いてる場所じゃん!! みんな象に乗って移動するんだろ?」 って本気で言われた。 今でこそ信じらんないかもしれないけど、30年前のアフリカは日本人にとってそういう場所だった。 その当時の南アフリカなんて、アパルトヘイトまっただ中でさ。 当然俺は南アフリカの近代的な街しかしらなくて 映画で「待っててコイサンマン」とかがはやってさ。先生も 「これが染谷のふるさとのアフリカなんだぞぅ!!」 とか説明するもんだから、周りの認識と俺が知ってる南アフリカのギャップは開くばかりだった。 そこから中学生くらいに、南アフリカの情報がやっと日本に届くようになった。 報道される内容はアパルトヘイト。 繰り返し流れるのは、白人警官が黒人をリンチする映像。 そこから俺は 象に乗って移動する人 から 罪もない黒人を苦しめる人 になった。   勘違いして欲しくないのは、俺はアパルトヘイトを肯定したいわけでも、白人による差別が無かったって言いたいわけでもないんだよ。 絶対南アフリカの白人が一生忘れてはいけない歴史を僕は背負ってるし、この過ちは、二度と繰り返さないよう、反省し、次の世代にもちゃんと伝えていかなきゃいけないと、本当に思ってる。 でも、南アフリカにだって良い奴はいてさ、みんながみんな、あの映像に映し出された警官なんかじゃない!!って事だけはわかって欲しかったんだ。 でもあの映像の影響力は強くて、ちょうどアパルトヘイトが終わった中三の頃、高校受験に行くと面接で必ず聞かれるのは 「君はアパルトヘイトをどう思ってるの?」 だった。 そん中でバナナトレインに乗り、自分が生きてるのが嫌になるくらいのショックも受けたし、 もう南アフリカ人の血が流れてることが苦しくて苦しくてしかたなかった。 おじいちゃんやおばあちゃんや母親にヒドくあたった時もあった。 でも、そんな南アフリカで、 去年ライブして 白人も黒人もみんな一緒に肩組んで笑ってくれてさ 初めて 「俺、南アフリカ大好きだ!!」 って心から思えた。 自分に南アフリカの血が流れてることを、初めて誇らしく思えた。 そんな南アフリカを アメリカでもなく 象に乗って移動する国でもなく 白人警官が黒人をリンチしてる映像じゃなく、 お祭りにに湧く南アフリカを 今日本で感じられるのは、言葉にならないくらい 幸せな事だ。 「犯罪大国」 「危険だ!!」 もう、いくらでも言ってくれ。 それも確かに南アフリカさ。貧しさはそう簡単には消えはしない。 でもね、もう覚悟は出来てるんだ 子供の時から叫び続けてきたからね。 また俺は叫ぶよ 「それだけが南アフリカじゃないぜ!!見て見ろよ!! 目を輝かせてワールドカップが始まるのを心待ちにしてる アフリカのみんなのあの笑顔を!! この人達は、このテレビに映ってる俺のファミリーたちは、犯罪者なんかじゃないぜ!!」 って。 アフリカには今も光と闇が確かにある。 でもその闇だけを見つめても、光だけを見つめても 本当のアフリカには出会えない。 いつの日か、光で闇が消えたらいい。 もうあの子が泣かなきゃいい。 きっと今日はその始まりだ。 小さなボールが転がる先に みんなの笑顔があってほしい NO MORE CRY AFRICA 大丈夫。 君の為に、パレードがやってきたんだ。 世界中の歓喜を今   君の明日のために   南アフリカワールドカップ   開幕です!!!


杉四小運動会

    5月30日(日)、杉並第四小学校の運動会を見てきました。


『バイ・バイ・ブラックバード』

昨日は、池袋サンシャイン劇場にて演劇集団キャラメルボックスの 25周年記念公演『バイ・バイ・ブラックバード』を観劇してきました。     いやあ、今回も泣かされた! 疫病の影響によって記憶を失い、16歳の心に戻ってしまった 5人の男女と、それを支えるまわりの人々――。 ネタバレになるといけないので、あまり詳しくは書けませんが、 今回のテーマのひとつは「向き合う」ということ。 過去の自分と。未来の自分と。現在の自分と。 そして、まわりにいる人々と。 この芝居の登場人物たちは記憶を失ったことで、 様々なことと向き合っていく。 自分はどうだろう。 普段はあわただしい日々に流されて、あまり自分とゆっくり 向き合うことなんて、できていない気がする。 「記憶を失う」なんていう突発的なアクシデントに頼るんじゃなく、 自分で意識して「向き合う」ことをしていかなきゃなあ。 そんなことを考えさせられた2時間でした。 『バイ・バイ・ブラックバード』、東京公演は6月6日(日)まで、 そのあと神戸公演が6月20日(日)まであるそうです。 心に残るステキなお芝居、どうぞ劇場まで足を運んでみてください。


不可能を可能にする!

先月28日、3月まで勤めていた杉並第四小学校で離任式があった。 一ヶ月ぶりに会った子どもたちは、すっかり「高学年の顔」になっていて、 ちょっぴりうれしいような、ちょっぴりさみしいような。 離任式では、クラスで一番の元気印だったK君が作文を読んでくれた。 「僕は、先生みたいに、不可能を可能にする人になりたいです」 ほめすぎだよ(照) 体育の時間、いっしょに野球をやっていたときのこと。 三塁を守っていた僕のところに打球が飛んできた。 頭上を抜かれそうになったところ、僕は短い足を伸ばして、 懸命にジャーンプ!! ヘディングするような形で打球をたたき落とすと、 そのまま足もとに落ちたボールを拾って、ベースに駆け込む。 アウトォ!! そのときの場面が、彼の頭にがはっきりと残っているらしいのだ。 彼が担任だった僕のことをそんなふうに思ってくれていることはうれしい。 でも、僕は自分のことを「不可能を可能にする男」だとは思っていない。 たぶん、「不可能だ」と思っている範囲が、人よりも狭いのだと思う。 他の人だったら「これは不可能だ」とあきらめてしまうようなことでも、 「いや、やってみなければわからない」とダメ元でチャレンジしてみる。 つまりは、「あきらめの悪い男」!? 「不可能を可能にする人」になるのはむずかしそうだけど、 「あきらめの悪い人」になら、かんたんになれそうじゃないか! 今度の日曜日、杉並第四小学校では運動会がある。 僕が担任していた子どもたちは、高学年として組体操にチャレンジする。 見事な組体操を完成させるには、もちろん平たんな道のりではない。 だから。 「きっとムリだよ……」という言葉をぐっと飲みこんで、 「僕たちなら、きっとできる!!」と口にしてみよう。 それが、「不可能を可能にする」、第一歩だと思うから。


離任式

4月28日、杉並第四小学校、離任式にて。


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