OTO ZONE

Oto’s Mail

なぜLGBTをネタにしてはいけないのか

駒崎弘樹さんが怒っています。 https://news.yahoo.co.jp/byline/komazakihiroki/20171010-00076753/ 普段から村本さんと交流がなく、彼の活動やツイートを追っていなければ、怒って当然の内容だと思います。同じ立場だったら、僕自身も激しい憤りを感じていたことと思います。 だけど、普段から村本さんの考えを知っていると、「待てよ」と引っかかるんです。おそらく、村本さんが言いたかったのは、「チビ」「デブ」「ハゲ」などが笑いのネタとして容認されているなか、「LGBTだけはNG」とすると、かえって差別になりかねないぞ、という警鐘だったのではないかなあと。彼の日頃の発言を見ていても、差別を助長するようなタイプの人でないことは一目瞭然ですし。 でも、今回のツイートだと、ちょっと真意が伝わりにくかったかもしれないなあ。村本さんがよく使う「おまえら」も、普段から彼のTwitterをフォローしていれば相手に対して愛情を込めた表現なのだと伝わるけど、やっぱり初対面の(というか面識もない)人にとっては、横柄で失礼に映ってしまう言い方だろうし。バカとか頻発するし。 でも、村本さんの指摘は本質を突いているとも思うんですよね。なぜ「チビ」「デブ」「ハゲ」ネタは容認されていて、LGBTネタはNGなのか。みんなで議論すべき点は、ここにあるような気がするんです。村本さんの考えは、「だからLGBTもネタにしていこうぜ」なのだと思うけど、僕はちょっと反対。やっぱり、「まだ早い」のではないかと思うんです。 “市民権”と言ったら語弊があるでしょうか。チビ・デブ・ハゲに関しては、恋愛においてマイナスに働いたりはするかもしれないけど、就職する上で不利に働いたり、親に勘当されたりする例って、まあ聞いたことないですよね。でも、LGBTはまだまだあるんですよ。生きていくのが窮屈なんですよ。あまりに不当な不利益が大きすぎる。だから、その境遇を隠して生きていかなくちゃならない。仮面をつけてなくちゃならない。 もっとLGBTについての正しい知識が広がって、誰にその事実を伝えても、「へえ、そうなんだ」と言ってもらえるような時代になったら、、就職でも不利にならない、親にも悲しまれたりしない、そんな時代が訪れたら、初めて「そろそろネタにしてもいいかもね」となるんじゃないかなあ。 いまは、残念だけど、まだそういう時代じゃない。もちろん、笑える当事者もいると思う。みずからネタにする当事者もいると思う。だけど、ネタとして受け入れられない当事者のほうが、いまは圧倒的に多いと思うんですよ。だから、僕としては公共の電波を使ってやるネタとしては、まだ早いのかなと。 “障害”についても同じことが言えると思うんですよね。まだネタとして受け入れられない人も多くいるから、障害ネタはやっぱり炎上する。だから、村本さんの言わんとするところは、僕自身もすごく理解できるんです。障害だって、LGBTだって、早くネタにできる時代が来てほしい。早く「ちょっとした違い」だと捉えてもらえる社会になってほしい。 でも、その前には、まだまだ超えなければならないハードルがある気がします。なので、村本さんには村本さんなりの切り口で、今後もそのハードルを超えていくお手伝いをしていただけたらな、と。そうしてみんながネタとして楽しめる社会になったら、思う存分、イジってください。このエロダルマを。


『大学院に進学します』

 日頃からお世話になっているみなさんに、大切なお知らせがあります。   先般、政策研究大学院大学(以下、GRIPS)「平成27年度修士課程国内プログラム」の公共政策プログラムに応募し、第一次試験(書類選考)、第二次試験(論文、英語、面接)を受験いたしましたが、本日2月24日に合格発表があり、晴れて合格することができたことをここにお知らせいたします。   この十年間、私は主に教育分野に情熱を注いで活動してきました。なかでも、公立小学校の教諭として勤務した3年間は、私にかけがえのない経験を与えてくれました。また、現在は東京都教育委員として、教育施策について熟考する機会を得ています。   しかし、この社会のなかで、「教育」とは独立して存在するものではありません。貧困世帯の子どもたちを支援するには福祉的なアプローチも必要になってくるでしょうし、そのためには行政の予算も必要になってきます。もちろん、NPOなどによる支援も欠かせません。高等教育や大学改革を考える上では、国際情勢や雇用問題とも正面から向き合わなくてはなりません。教育は、様々な社会的課題と複雑に絡み合って存在している――。ここ数年、そうした事実をあらためて実感するとともに、自分自身がまだまだ未熟であり、社会問題全般に対しての勉強がまだまだ足りていないことを痛感させられていました。   どこかで、しっかり学びの機会を得なければ――。   そうした思いでいたところ、昨年秋頃にGRIPSの存在を知りました。しかし、GRIPSは通常の大学院とは異なり、学生の大半が霞ヶ関の官僚や各地方自治体の幹部候補生という特殊性のため、私にとってはかなりの難関となることが予想されました。しかし、「ここで学びたい」との思いが日に日に強くなり、昨年末より準備を進めてきました。   このたび、縁あって学びの機会をいただけたことに深く感謝し、今年4月より一年間、しっかりと学んでいきたいと思います。また、今回のチャレンジを後押ししてくれた家族や友人、そして事務所のスタッフにも心から感謝しています。   いまは、4月から始まる新生活にワクワクするとともに、合格させていただいた責任に身の引き締まる思いでおります。いつも支えてくださるみなさんにも、心より御礼申し上げます。   2015年2月24日 乙武洋匡  


「香港デモ 現地の声を聞く」

【香港デモ】昨日は、中環(セントラル)、旺角(モンコック)、金鐘(アドミラルティ)の3箇所を訪れ、デモについての街頭インタビューを行いました。年齢、性別、出身――立場が違えば、デモに対する態度も様々。現地の生の声をお聞きください。 [中環……デモの行われていないショッピングエリア] 「若者たちを支持します。政府のやり方はおかしい。」(50代・女性) 「彼らの考えには賛同するけれど、自分はMRT(地下鉄)に勤務していることもあって、デモという手法には賛成できない。ただ、できる範囲でのサポートはしていきたいと思う」(20代・男性)… 「デモには賛同できない。学生たちは、ギャングにそそのかされているだけなんだ」(90代・男性) 「インドのムンバイから9年前に移住してきました。ガンジーが生きていたら、きっと暴力に屈せず主張を続ける彼らのことを誇りに思ったでしょう」(40代・女性) [旺角……デモ第2の基点。金曜から、反対派による暴力行為が起こる] 「怖い。とても怖い。でも、こうしてみんなが戦っているのに、自分だけ逃げ出すことはできない。でも、この先、どうなるのか…」(20代・女性・学生) 「暴力は、たしかに怖い。でも、もう後戻りすることはできない。民主的な選挙を勝ち取るため、ここから後戻りすることはできないんだ」(20代・男性・学生) 「デモは許すことができない。経済はどうなってしまうんだ。学生たちは、いますぐデモをやめるべきだ」(50代・男性・飲食店店長) [金鐘……デモ最大の拠点。数十万人の学生が道路を占拠] 「ニュースを見て、居ても立ってもいられなくなってここへ来た。自分の勤務する会社にはないが、他社では『デモに行くので』と申請すれば、休暇をくれるところもあるらしい」(30代・女性・社会人) 「我々は中国人ではなく、香港人なんです。こうして香港の人々が民主化のために立ち上がり、暴力に臆せず戦っているということを、ぜひ世界に伝えてください」(20代・男性・学生) 日本には、いったいどれほどのことが伝わっているのでしょうか――。


「香港デモを訪れて」

香港デモ。普通選挙を求める学生側と、中国政府を支持する親中派が衝突、「市民の対立が深刻化」と報道されているが、それが事実かは疑わしい。 デモ隊に対して暴力を振るう人々を、警察が傍観する姿も目撃されている。行政も、それを黙認している。学生側は、警察・行政のこうした態度に疑問を抱き、開きかけていた交渉の扉を再び閉じてしまった。これに対して、行政長官は6日にも強制排除することを示唆した。こうした状況から、私は「市民の対立」と表現することにためらいがある。 学生側は、当初から一貫して平和的な態度を崩していない。警察の催涙弾に対して、雨傘を盾に対抗してきたことから、いつしか“雨傘革命”と呼ばれるようになった。占拠地区には、いくつもの雨傘がシンボルのように飾られている。 この“雨傘革命”がどんな結末を迎えるのか。現時点では、まったくわからない。しかし、暴力による解決でないことを心から望んでいる。“第二の天安門事件”となることだけは避けなければならない。 今日5日は、日曜日。学生たちの数は、ますます膨れ上がることが予想される。恐れず、怯まず、現場を訪れたい。  


北欧で感じた「新しい世界」

今月上旬、社会学者・古市憲寿氏とともにデンマーク、ノルウェー、スウェーデン、フィンランドの四ヶ国を回った。オスロへの留学経験もある古市氏の案内のもと、福祉や教育の面で評価の高い北欧諸国を回り、その実態を肌で感じることが目的だった。   四ヶ国を通じて最も強く感じたのは、北欧の人々は「障害者を特別視しない」ということ。町を歩いていても、交通機関に乗っていても、「お手伝いしましょうか?」と声をかけられたり、特別な対応をされたりすることはほとんどなかった。もちろん、こちらが助けを求めれば快く応じてくれるのだろうが、こちらから頼まなければ、とくに見向きもされなかった。それは、私にとってじつに新鮮で、心地の良い世界だった。   好むと好まざるとにかかわらず、私はどの国においても、“特別視”され続けてきた。背の高い電動車椅子に興味を示し、「これは日本製か?」などと人懐っこい笑顔で話しかけてくる東南アジア。宗教心からか、街角に立ち止まっているだけで車椅子の座席に1ユーロを置いていこうとする西欧諸国。そして、「どう接したらいいかわかりません」と人々の顔にくっきり書いてある日本。北欧は、そのどれとも違った。   おそらく、北欧では、とりわけ親切にしたり、同情したりせずとも、障害者が自由に生きていける社会なのだろう。こうした社会が成立するには、段差をなくすなどの物理的なバリアを排除することや、就労や保障によって障害者の生活基盤を安定させることなどが前提条件となる。北欧諸国は、ハードも、ソフトも整えることで、障害者をあらゆるバリアから解放してきたのだろうと思う。   翻って、日本はどうか。東京などの大都市にかぎって言えば、ハード面は世界的に見てもトップクラスだと感じる。あとは、ソフト面。多くの日本人が、「どう接したらいいかわかりません」となってしまうのは、いまだ社会のなかで障害者が「特別な存在」であり、多くの人が「慣れていない」から。まずは、障害者政策を、人々の意識を、「隔離」から「共生」へと転換することが必要になってくる。   もちろん、北欧がすべてに優れた、完璧な社会であるなどと言うつもりはない。たった数日間の滞在では気づくことのできなかった綻びだって、多々あることだろう。ただ、これは障害者の問題に限らず、日本社会が抱える課題に対して、他国の制度などを参考にしながら、それを日本の現状や風土に合わせてカスタマイズしていく試みは、決してムダなことだとは思えない。   2020年、東京にはオリンピックだけでなく、パラリンピックもやってくる。あと6年で何もかもが解決できるとは思わないが、海外から訪れた人々に少しでも、「日本は障害者が生き生きと暮らしていける国だ」と感じてもらえるよう、私なりに尽力していくつもりだ。   「障害者だから頑張る」でもなく、「障害者だから頑張れない」でもない、ひとりの人間として生きていくことのできる社会を目指して。


乙武洋匡、「新宿そうじ」始めます!

◆ 「グリーンバード新宿」誕生!! まあ、何とも気恥ずかしいポスターができあがりました。 じつはこれ、今年4月に発足したボランティア団体「グリーンバード新宿」の告知ポスターなんです。 みなさん、「グリーンバード」はご存じですか? いまから11年前に表参道で始まったお掃除ボランティア団体。いまでは日本全国のみならず、パリやガーナ、シンガポールなど、海外も含め55地域での清掃活動が行われているのです。 そして今年4月、遅ればせながら56番目に発足したのが、この「新宿チーム」。代表は、わたくし乙武洋匡が務めさせていただくこととなりました。 「なんでまた、そんなことを」 「なぜ、新宿なの?」 「そもそも、おまえどうやってゴミ拾うんだよ!」 など、様々なツッコミが聞こえてきそうですが、じつはこんな思いがあるのです。   ◆ 教育には「地域」という文脈も必要 二十代後半から教育に関心を抱き、力を注いできました。 2005年4月~2007年3月 新宿区教育委員会「子どもの生き方パートナー」 2007年4月~2010年3月 杉並区立杉並第四小学校教諭 2013年2月~現在     東京都教育委員 「現場」と「行政」、ふたつの立場から学校教育と関わってきましたが、子どもたちが育つ舞台は「学校」だけではありません。「家庭」や「地域」も同じく重要。しかし、上記のような立場では、なかなか家庭や地域と密なコミュニケーションを図ることができません。 もっと、「地域」に根ざした活動ができないだろうか――。 そんなジレンマを感じていたところに思いついたのが、「グリーンバード」。ゴミ拾いを通じて、地域と関わることができないだろうかと考えたのです。   ◆ 世代間交流の必要性 もうひとつ。今年2月、関東甲信越では記録的な大雪被害に見舞われました。真っ先に心配したのは、都内で一人暮らしをする母のこと。しかし、元気いっぱいの母は、2週連続で降り積もった大雪をひとりで雪かきしてのけ、私を安心させてくれたのでした。 ただ、「いま」はいいかもしれない。しかし、これが5年後、10年後だったらどうなるのか。今回の大雪でも、雪かきができずに困っていた高齢者もいたのではないか。大雪だけでなく、地震などの災害が起こったとき、都心部の高齢者をどのように救えばいいのだろう。 「あそこのおばあちゃん、だいじょうぶかな?」 「あの家には車いすの人がいる。見に行ってこよう」 そうした関係性が築かれていれば、誰もが安心して暮らせるまちとなる。それには、若者や高齢者が普段から交流できる「場」を設けていく必要がある。「グリーンバード」の活動を通じて、そうした世代間交流を図ることができないだろうか――。   ◆ 多様性のまち「新宿」 このグリーンバードの活動に思いが至ったとき、真っ先に頭に浮かんだのが新宿でした。東京都立戸山高校、早稲田大学という経歴をたどった私にとって、新宿はまさに青春を過ごしたまち。私を育ててくれたまちなのです。 それだけではありません。新宿は、“多様性”のまち。高層ビルが建ち並ぶオフィス街があり、日本一と呼ばれる歓楽街があり、性的少数者や外国人が集い、老舗と呼ばれるお店がひしめく――。私が日頃から発信している「みんなちがって、みんないい」というメッセージをこれほどまでに体現しているまちは、他にないと思うのです。 これだけ様々な人が集う新宿だからこそ、日頃からコミュニケーションを図り、世代間交流を促していくことで、さらにまちが活性化していくのではないか。そんな思いが、僕のなかにありました。   ◆ キックオフイベント大成功 今月5日、新宿区のほぼ中央に位置する戸山公園にてキックオフイベントを行いました。初めての試みだったにもかかわらず、学生ボランティアや町会の方々など、総勢60名を超すみなさんが参加してくださいました。 おたがい見知らぬ者同士。はじめのうちは戸惑う姿も見られましたが、おしゃべりしながらゴミを拾っていくうち、次第に笑顔もこぼれるように。ゴミ拾いの後には、引き続き戸山公園にてお花見も開催。みんなで楽しくお弁当を食べ、お酒を飲み、語らい合いました。第1回の活動としては、大成功だったと思います。 この活動は、まだ始まったばかり。すでに今月15日にも高田馬場にて第2回の清掃を行いましたが、今後も定期的に活動していこうと思っています。新宿区民の方も、そうでない方も、ぜひ気軽にご参加ください。ご興味のある方は、下記までメールにてご連絡いただければ、事務局からご案内させていただきます。 グリーンバード新宿事務局 shinjuku@greenbird.jp 【追記】 そうそう、みなさんの大事な疑問に答えていませんでした。 「そもそも、おまえどうやってゴミ拾うんだよ!」 こんな感じです。ぜひ、一緒にゴミ拾いしましょう!  


”元祖炎上”、80歳を祝う。

  昨日は、田原総一朗さん80歳の誕生日。日頃から、『朝まで生テレビ!』などでお世話になっているメンバーを中心に、サプライズパーティーが企画されました。書籍の打ち合わせだと聞かされて会場に入ってきた田原さんを「ハッピーバースデー」の大合唱とクラッカーでお迎え。日頃はどんな事態にも動じない田原さんですが、さすがに鳩が豆鉄砲を食らったような顔で驚かれていました。 続いて出てきたのは、津田大介さんがプロデュースされた特製「朝まで生テレビ!」ケーキ。よく見ると、意気軒昂に叫んでいる田原さんの飴細工がとってもリアルなんです。 思いもよらない粋なプレゼントに、田原さんも相好を崩してよろこんでくださいました。 田原さんのご挨拶。 「気持ち的には、まだ30歳。でも、80歳の肉体がときどき反乱を起こす。しかし、今日こうしてみなさんにお祝いしていただき、85歳くらいまでは頑張れるような気がしてきた」 そのあと、出席者一人ひとりがご挨拶させていただくことに。私が「今日ここにいるメンバーは私も含めてよく炎上していますが、“元祖炎上”と言えば田原さん」と失礼を承知で申し上げたら、「そうそう、炎上するくらいじゃなきゃ面白くない」との力強いお言葉をいただきました。 今後も臆することなく、発信、活動していかなければ――。田原さんの「老いてますます盛ん」な姿勢に、出席者一同、大いに刺激を受けた夜となりました。 というわけで、お祝いに駆けつけたはずなのに、すっかりパワーをいただいて帰ってきた、素敵なバースデーパーティー。企画・運営してくださった講談社「現代ビジネス」編集長の瀬尾傑さん、本当にありがとうございました。 そして田原さん、あらためておめでとうございます!!  


高校生100人と対話

 先週27日(木)、10代の政治関心の向上・政治参加の拡大を目指す高校生・大学生による団体「僕らの一歩が日本を変える。」が主催する『高校生100人×国会議員 vol.4』というイベントにゲストスピーカーとしてお招きいただきました。  参議院議員会館の会議室で行われたそのイベントでは、全国から集った100名の高校生たちが、「IT×教育」「18歳成人」など10のテーマについて、現役国会議員を含む有識者の方々と熱い議論を交わしていました。  私も会場をぐるりと回りながら彼らの討論を聞いていると、突然、「乙武さん、私たちはいま『2020年の働き方』というテーマで話しているのですが、ぜひ乙武さんの考え方を聞かせてください」と声をかけられ、議論に交ぜてもらうことに。私が、「都心部においては、居住地と職場が遠く離れている人が多くいることも論点に入れては?」と提案すると、早速「企業に託児所を作っても、そこまで連れて行くことが難しいね」「そもそもSkypeだってあるのに、毎日会社に行く必要あるのかな」など、さらに議論を膨らませてくれていました。     各テーマでの議論が終わり、最後に私のスピーチ。これだけ意識の高い高校生たちにどんな話をしようか迷ったのですが、こんなことを伝えさせていただきました。   「親が言うから」「教師が言うから」「多くの人がそうするから」ではなく、あくまで自分の考え、自分の判断で道を進んでほしい。たとえ10代でも、そうして生きている人間の意見なら、大人はきっと耳を傾けてくれるはずだ――。   素晴らしいイベントにお招きいただけたことに、心から感謝。さらに成長した100人の高校生たちと、またどこかで再会できますように。


鈴木宗男氏への回答「政治家だからこそ、弱者への心配りを」

鈴木宗男様  3月20日付のムネオ日記を拝読いたしました。同時に、とても残念な気持ちになりました。政治家というのは、弱者に対して心を寄り添わせることが必要なのではなかったでしょうか。そして、私は貴殿に対してそれができる政治家であると信じてきました。 ◆ 母親は「なんの懸念も心配もせず」わが子を預けたのか。  乙武氏と駒崎氏に言いたい。「あなた方は見ず知らずの人に自分の子供をなんの懸念も心配もせず預けますか」と。    お答えします。私自身は、見ず知らずの方に自分の子供は預けません。また、おそらくは多くの方もそうすることに抵抗を覚えるでしょう。しかし、私がこの問いに対してNOと答えられるのも、「夫婦ともに健在である」「近所に頼める間柄の知人がいる」「経済的に困窮しているわけではない」などの条件を幸運にもクリアしているからです。   ですが、世の中には様々な環境で生きておられる方々がいます。当然、「ひとり親で」「近所に知人などもおらず」「経済的に困窮している」方もいらっしゃるでしょう。もし私がそうした状況下だったら、それでも子どもを見ず知らずの方に預けることなく、日々を生き抜いていくことができるのか、正直、自信がありません。  また、貴殿は「あなた方は見ず知らずの人に自分の子供をなんの懸念も心配もせず預けますか」と問われていますが、事件の被害者となった母親は「なんの懸念も心配もせず」わが子を預けたとお考えなのでしょうか。もし、そうだとしたら、その浅慮に驚き、あきれます。  子どものことが愛おしく、一時も離れていたくはないけれど、それでも生きていくためにやむなく子どもを預け、仕事に出かけなければならない親がどれほど多くいるか、貴殿はご存じでしょうか。そうした人々の声を、じかに聞いたことがあるでしょうか。彼女たちの苦しみに思いを巡らせたことがあるでしょうか。 子供は宝であり、かけがえのない存在である。にもかかわらず2歳としかももう一人8ヶ月の子供を3日間も預けるなら身元やベビーシッターとしての信用等、念には念を入れて預けるのが普通で、どの親でも考えるのが当たり前でないか。    ムネオ先生、おっしゃる通りです。「一般的には」誰もがそう考えるでしょう。ですが、政治家というのは、その「当たり前」をすべての国民に押しつけ、それができなかった者を断罪することが仕事でしょうか。むしろ、「当たり前」に生きることのできない人々の事情に思いを寄せ、彼らの苦しみに耳を傾け、そこに救いの手を差し伸べることが責務なのではないでしょうか。少なくとも、鈴木宗男という政治家は、これまでそうしてきたのではなかったでしょうか。 ◆ 政治家だからこそ、弱者への心配りを。 乙武氏と駒崎氏に言いたい。ツイッターとかではなく、顔を合わせて平場で話をしようではないか。無責任な評論家的な話は懲り懲りである。    お言葉を返すようですが、駒崎弘樹氏はNPO「フローレンス」代表理事として、長年、病児保育の問題に取り組んでこられた第一人者です。また、僭越ながら私自身も3年前より、認証保育園と認可保育園という2園の経営に携わっております。そうした意味で、ふたりとも、日々、育児と仕事を両立している保護者のみなさまの努力と苦労を間近で見てきている立場から発言しております。決して「無責任な評論家」として論じているわけではないこと、ご理解ください。  長年、国政の場でご活躍されてきた氏に対し、親子ほど年の離れた私のような若輩者が物申したことでご気分を害したのであれば、お詫びいたします。ですが、弱者への心配りを忘れない政治活動を行ってきた氏だからこそ、今回の事件を「無責任な母親の愚行」で片づけてほしくなかったのです。「今回の事件は、あくまで氷山の一角であり」「同様の困難を抱えるひとり親は数多くいる」という認識に基づき、ぜひ政策面でのバックアップをお願いできれば、これほど心強いことはありません。  ご検討、ご尽力のほど、何卒よろしくお願い致します。                                    乙武洋匡


東京都教育委員としてのヒアリング・第二弾

  先日、東京都教育委員としてもっと現場の声をお聞きしたいとの思いから、私の地元である新宿区立戸塚第一小学校PTAのみなさまにご協力いただき、子育てや教育について感じていらっしゃることをお聞きするヒアリングの場を設けさせていただきました。  今回は、その第二弾。新宿区障害者福祉協会様のお声がけにより、主に障害のある子を持つ親の立場から活動するいくつかの団体の方々にお集まりいただき、教育についてお感じになっていることについて率直なご意見をいただく場を設けさせていただきました。    みなさんのお話を聞かせていただき、僕のように「見てわかる障害」についての理解や対応はずいぶんと進んできたものの、「パッと見てわからない、わかりづらい障害」については、まだまだ理解・対応が不十分であることを実感しました。しかし、その対応の遅れを現場の教師一人ひとりのマンパワーで埋めなければならないのが現状。これでは教員もつぶれてしまいます。  また、特別支援学校・学級に通っていると、なかなか通常学級や地域社会との接点を持てずに困惑しているというお話もお聞きしました。いくら学校という学びの場を分けても、その出口である“社会”はひとつ。「健常者用の社会」「障害者用の社会」と分かれているわけではありません。それぞれの能力や特性に応じた教育を受けながら、どう地域との交流を図っていくのか。大きな課題のひとつです。  行政の立場から何ができるのか――。あらためて考えさせていただく貴重な時間となりました。参加者のみなさん、本当にありがとうございました!  


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