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年末のご挨拶

今年も残すところ、あと数時間。   2016年は、私にとって決して忘れることのできない一年となりました。多くの方の期待を裏切り、失望させてしまったことは私の不徳の致すところであり、痛恨の極みです。   みずから撒いた種とはいえ、仕事を失い、家族を失い、社会的信用を失い、これまで築いてきたすべてを失いました。   しばらくは、そう思い込んでいました。しかし、それは間違いであることに気付かされました。   この一年、本当に多くの方が親身になってあたたかな言葉をかけてくださり、励まし、支えてくださいました。再起に向けてのアドバイスやチャンスをくださいました。そう、すべてを失ったと思い込んでいた私ですが、ありがたいことに「人」という財産だけは失わずに済んだのです。   あれだけの愚行を犯した私ですから、多くの方が離れていくことを覚悟していました。ところが、驚くほど多くの方から「もう一度立ち上がれ」「いつまでも応援している」という心のこもったメッセージを頂戴し、幾度となく涙を流しました。   こんなにも周囲の方々に感謝の念を抱いた年はありません。あらためて多くの方に支えられて生きていることを実感しました。不遜な私のことですから、こんなことでもなければ、そうした当たり前の事実さえ忘れたまま、人生の後半戦を迎えてしまっていたことと思います。   今回の失敗をどのように捉えるかは、今後の私の生き方次第です。ここで得た教訓をどれだけ今後の人生に生かすことができるのか。まさに、そこを問われているのだと思います。失った信頼を回復することは決して簡単なことではありませんが、後年になって、「あのときの失敗は意味のあるものだった」と振り返ることができるよう歩んでいきます。   2017年。出直しの年となる最初のお仕事は、今年一年、あたたかなメッセージを送り続けてくださった『ワイドナショー元旦SP』(フジテレビ系、午前10~12時)への出演です。こんな私に与えてくださったチャンスに心から感謝しつつ、一歩一歩、前に進んでいけたらと思っております。   みなさん、今年一年、本当にお世話になりました。たいへんご迷惑をおかけしました。 どうぞ、良いお年をお迎えください。   2016年12月31日 乙武洋匡


『大学院に進学します』

 日頃からお世話になっているみなさんに、大切なお知らせがあります。   先般、政策研究大学院大学(以下、GRIPS)「平成27年度修士課程国内プログラム」の公共政策プログラムに応募し、第一次試験(書類選考)、第二次試験(論文、英語、面接)を受験いたしましたが、本日2月24日に合格発表があり、晴れて合格することができたことをここにお知らせいたします。   この十年間、私は主に教育分野に情熱を注いで活動してきました。なかでも、公立小学校の教諭として勤務した3年間は、私にかけがえのない経験を与えてくれました。また、現在は東京都教育委員として、教育施策について熟考する機会を得ています。   しかし、この社会のなかで、「教育」とは独立して存在するものではありません。貧困世帯の子どもたちを支援するには福祉的なアプローチも必要になってくるでしょうし、そのためには行政の予算も必要になってきます。もちろん、NPOなどによる支援も欠かせません。高等教育や大学改革を考える上では、国際情勢や雇用問題とも正面から向き合わなくてはなりません。教育は、様々な社会的課題と複雑に絡み合って存在している――。ここ数年、そうした事実をあらためて実感するとともに、自分自身がまだまだ未熟であり、社会問題全般に対しての勉強がまだまだ足りていないことを痛感させられていました。   どこかで、しっかり学びの機会を得なければ――。   そうした思いでいたところ、昨年秋頃にGRIPSの存在を知りました。しかし、GRIPSは通常の大学院とは異なり、学生の大半が霞ヶ関の官僚や各地方自治体の幹部候補生という特殊性のため、私にとってはかなりの難関となることが予想されました。しかし、「ここで学びたい」との思いが日に日に強くなり、昨年末より準備を進めてきました。   このたび、縁あって学びの機会をいただけたことに深く感謝し、今年4月より一年間、しっかりと学んでいきたいと思います。また、今回のチャレンジを後押ししてくれた家族や友人、そして事務所のスタッフにも心から感謝しています。   いまは、4月から始まる新生活にワクワクするとともに、合格させていただいた責任に身の引き締まる思いでおります。いつも支えてくださるみなさんにも、心より御礼申し上げます。   2015年2月24日 乙武洋匡  


「香港デモ 現地の声を聞く」

【香港デモ】昨日は、中環(セントラル)、旺角(モンコック)、金鐘(アドミラルティ)の3箇所を訪れ、デモについての街頭インタビューを行いました。年齢、性別、出身――立場が違えば、デモに対する態度も様々。現地の生の声をお聞きください。 [中環……デモの行われていないショッピングエリア] 「若者たちを支持します。政府のやり方はおかしい。」(50代・女性) 「彼らの考えには賛同するけれど、自分はMRT(地下鉄)に勤務していることもあって、デモという手法には賛成できない。ただ、できる範囲でのサポートはしていきたいと思う」(20代・男性)… 「デモには賛同できない。学生たちは、ギャングにそそのかされているだけなんだ」(90代・男性) 「インドのムンバイから9年前に移住してきました。ガンジーが生きていたら、きっと暴力に屈せず主張を続ける彼らのことを誇りに思ったでしょう」(40代・女性) [旺角……デモ第2の基点。金曜から、反対派による暴力行為が起こる] 「怖い。とても怖い。でも、こうしてみんなが戦っているのに、自分だけ逃げ出すことはできない。でも、この先、どうなるのか…」(20代・女性・学生) 「暴力は、たしかに怖い。でも、もう後戻りすることはできない。民主的な選挙を勝ち取るため、ここから後戻りすることはできないんだ」(20代・男性・学生) 「デモは許すことができない。経済はどうなってしまうんだ。学生たちは、いますぐデモをやめるべきだ」(50代・男性・飲食店店長) [金鐘……デモ最大の拠点。数十万人の学生が道路を占拠] 「ニュースを見て、居ても立ってもいられなくなってここへ来た。自分の勤務する会社にはないが、他社では『デモに行くので』と申請すれば、休暇をくれるところもあるらしい」(30代・女性・社会人) 「我々は中国人ではなく、香港人なんです。こうして香港の人々が民主化のために立ち上がり、暴力に臆せず戦っているということを、ぜひ世界に伝えてください」(20代・男性・学生) 日本には、いったいどれほどのことが伝わっているのでしょうか――。


「香港デモを訪れて」

香港デモ。普通選挙を求める学生側と、中国政府を支持する親中派が衝突、「市民の対立が深刻化」と報道されているが、それが事実かは疑わしい。 デモ隊に対して暴力を振るう人々を、警察が傍観する姿も目撃されている。行政も、それを黙認している。学生側は、警察・行政のこうした態度に疑問を抱き、開きかけていた交渉の扉を再び閉じてしまった。これに対して、行政長官は6日にも強制排除することを示唆した。こうした状況から、私は「市民の対立」と表現することにためらいがある。 学生側は、当初から一貫して平和的な態度を崩していない。警察の催涙弾に対して、雨傘を盾に対抗してきたことから、いつしか“雨傘革命”と呼ばれるようになった。占拠地区には、いくつもの雨傘がシンボルのように飾られている。 この“雨傘革命”がどんな結末を迎えるのか。現時点では、まったくわからない。しかし、暴力による解決でないことを心から望んでいる。“第二の天安門事件”となることだけは避けなければならない。 今日5日は、日曜日。学生たちの数は、ますます膨れ上がることが予想される。恐れず、怯まず、現場を訪れたい。  


北欧で感じた「新しい世界」

今月上旬、社会学者・古市憲寿氏とともにデンマーク、ノルウェー、スウェーデン、フィンランドの四ヶ国を回った。オスロへの留学経験もある古市氏の案内のもと、福祉や教育の面で評価の高い北欧諸国を回り、その実態を肌で感じることが目的だった。   四ヶ国を通じて最も強く感じたのは、北欧の人々は「障害者を特別視しない」ということ。町を歩いていても、交通機関に乗っていても、「お手伝いしましょうか?」と声をかけられたり、特別な対応をされたりすることはほとんどなかった。もちろん、こちらが助けを求めれば快く応じてくれるのだろうが、こちらから頼まなければ、とくに見向きもされなかった。それは、私にとってじつに新鮮で、心地の良い世界だった。   好むと好まざるとにかかわらず、私はどの国においても、“特別視”され続けてきた。背の高い電動車椅子に興味を示し、「これは日本製か?」などと人懐っこい笑顔で話しかけてくる東南アジア。宗教心からか、街角に立ち止まっているだけで車椅子の座席に1ユーロを置いていこうとする西欧諸国。そして、「どう接したらいいかわかりません」と人々の顔にくっきり書いてある日本。北欧は、そのどれとも違った。   おそらく、北欧では、とりわけ親切にしたり、同情したりせずとも、障害者が自由に生きていける社会なのだろう。こうした社会が成立するには、段差をなくすなどの物理的なバリアを排除することや、就労や保障によって障害者の生活基盤を安定させることなどが前提条件となる。北欧諸国は、ハードも、ソフトも整えることで、障害者をあらゆるバリアから解放してきたのだろうと思う。   翻って、日本はどうか。東京などの大都市にかぎって言えば、ハード面は世界的に見てもトップクラスだと感じる。あとは、ソフト面。多くの日本人が、「どう接したらいいかわかりません」となってしまうのは、いまだ社会のなかで障害者が「特別な存在」であり、多くの人が「慣れていない」から。まずは、障害者政策を、人々の意識を、「隔離」から「共生」へと転換することが必要になってくる。   もちろん、北欧がすべてに優れた、完璧な社会であるなどと言うつもりはない。たった数日間の滞在では気づくことのできなかった綻びだって、多々あることだろう。ただ、これは障害者の問題に限らず、日本社会が抱える課題に対して、他国の制度などを参考にしながら、それを日本の現状や風土に合わせてカスタマイズしていく試みは、決してムダなことだとは思えない。   2020年、東京にはオリンピックだけでなく、パラリンピックもやってくる。あと6年で何もかもが解決できるとは思わないが、海外から訪れた人々に少しでも、「日本は障害者が生き生きと暮らしていける国だ」と感じてもらえるよう、私なりに尽力していくつもりだ。   「障害者だから頑張る」でもなく、「障害者だから頑張れない」でもない、ひとりの人間として生きていくことのできる社会を目指して。


乙武洋匡、「新宿そうじ」始めます!

◆ 「グリーンバード新宿」誕生!! まあ、何とも気恥ずかしいポスターができあがりました。 じつはこれ、今年4月に発足したボランティア団体「グリーンバード新宿」の告知ポスターなんです。 みなさん、「グリーンバード」はご存じですか? いまから11年前に表参道で始まったお掃除ボランティア団体。いまでは日本全国のみならず、パリやガーナ、シンガポールなど、海外も含め55地域での清掃活動が行われているのです。 そして今年4月、遅ればせながら56番目に発足したのが、この「新宿チーム」。代表は、わたくし乙武洋匡が務めさせていただくこととなりました。 「なんでまた、そんなことを」 「なぜ、新宿なの?」 「そもそも、おまえどうやってゴミ拾うんだよ!」 など、様々なツッコミが聞こえてきそうですが、じつはこんな思いがあるのです。   ◆ 教育には「地域」という文脈も必要 二十代後半から教育に関心を抱き、力を注いできました。 2005年4月~2007年3月 新宿区教育委員会「子どもの生き方パートナー」 2007年4月~2010年3月 杉並区立杉並第四小学校教諭 2013年2月~現在     東京都教育委員 「現場」と「行政」、ふたつの立場から学校教育と関わってきましたが、子どもたちが育つ舞台は「学校」だけではありません。「家庭」や「地域」も同じく重要。しかし、上記のような立場では、なかなか家庭や地域と密なコミュニケーションを図ることができません。 もっと、「地域」に根ざした活動ができないだろうか――。 そんなジレンマを感じていたところに思いついたのが、「グリーンバード」。ゴミ拾いを通じて、地域と関わることができないだろうかと考えたのです。   ◆ 世代間交流の必要性 もうひとつ。今年2月、関東甲信越では記録的な大雪被害に見舞われました。真っ先に心配したのは、都内で一人暮らしをする母のこと。しかし、元気いっぱいの母は、2週連続で降り積もった大雪をひとりで雪かきしてのけ、私を安心させてくれたのでした。 ただ、「いま」はいいかもしれない。しかし、これが5年後、10年後だったらどうなるのか。今回の大雪でも、雪かきができずに困っていた高齢者もいたのではないか。大雪だけでなく、地震などの災害が起こったとき、都心部の高齢者をどのように救えばいいのだろう。 「あそこのおばあちゃん、だいじょうぶかな?」 「あの家には車いすの人がいる。見に行ってこよう」 そうした関係性が築かれていれば、誰もが安心して暮らせるまちとなる。それには、若者や高齢者が普段から交流できる「場」を設けていく必要がある。「グリーンバード」の活動を通じて、そうした世代間交流を図ることができないだろうか――。   ◆ 多様性のまち「新宿」 このグリーンバードの活動に思いが至ったとき、真っ先に頭に浮かんだのが新宿でした。東京都立戸山高校、早稲田大学という経歴をたどった私にとって、新宿はまさに青春を過ごしたまち。私を育ててくれたまちなのです。 それだけではありません。新宿は、“多様性”のまち。高層ビルが建ち並ぶオフィス街があり、日本一と呼ばれる歓楽街があり、性的少数者や外国人が集い、老舗と呼ばれるお店がひしめく――。私が日頃から発信している「みんなちがって、みんないい」というメッセージをこれほどまでに体現しているまちは、他にないと思うのです。 これだけ様々な人が集う新宿だからこそ、日頃からコミュニケーションを図り、世代間交流を促していくことで、さらにまちが活性化していくのではないか。そんな思いが、僕のなかにありました。   ◆ キックオフイベント大成功 今月5日、新宿区のほぼ中央に位置する戸山公園にてキックオフイベントを行いました。初めての試みだったにもかかわらず、学生ボランティアや町会の方々など、総勢60名を超すみなさんが参加してくださいました。 おたがい見知らぬ者同士。はじめのうちは戸惑う姿も見られましたが、おしゃべりしながらゴミを拾っていくうち、次第に笑顔もこぼれるように。ゴミ拾いの後には、引き続き戸山公園にてお花見も開催。みんなで楽しくお弁当を食べ、お酒を飲み、語らい合いました。第1回の活動としては、大成功だったと思います。 この活動は、まだ始まったばかり。すでに今月15日にも高田馬場にて第2回の清掃を行いましたが、今後も定期的に活動していこうと思っています。新宿区民の方も、そうでない方も、ぜひ気軽にご参加ください。ご興味のある方は、下記までメールにてご連絡いただければ、事務局からご案内させていただきます。 グリーンバード新宿事務局 shinjuku@greenbird.jp 【追記】 そうそう、みなさんの大事な疑問に答えていませんでした。 「そもそも、おまえどうやってゴミ拾うんだよ!」 こんな感じです。ぜひ、一緒にゴミ拾いしましょう!  


”元祖炎上”、80歳を祝う。

  昨日は、田原総一朗さん80歳の誕生日。日頃から、『朝まで生テレビ!』などでお世話になっているメンバーを中心に、サプライズパーティーが企画されました。書籍の打ち合わせだと聞かされて会場に入ってきた田原さんを「ハッピーバースデー」の大合唱とクラッカーでお迎え。日頃はどんな事態にも動じない田原さんですが、さすがに鳩が豆鉄砲を食らったような顔で驚かれていました。 続いて出てきたのは、津田大介さんがプロデュースされた特製「朝まで生テレビ!」ケーキ。よく見ると、意気軒昂に叫んでいる田原さんの飴細工がとってもリアルなんです。 思いもよらない粋なプレゼントに、田原さんも相好を崩してよろこんでくださいました。 田原さんのご挨拶。 「気持ち的には、まだ30歳。でも、80歳の肉体がときどき反乱を起こす。しかし、今日こうしてみなさんにお祝いしていただき、85歳くらいまでは頑張れるような気がしてきた」 そのあと、出席者一人ひとりがご挨拶させていただくことに。私が「今日ここにいるメンバーは私も含めてよく炎上していますが、“元祖炎上”と言えば田原さん」と失礼を承知で申し上げたら、「そうそう、炎上するくらいじゃなきゃ面白くない」との力強いお言葉をいただきました。 今後も臆することなく、発信、活動していかなければ――。田原さんの「老いてますます盛ん」な姿勢に、出席者一同、大いに刺激を受けた夜となりました。 というわけで、お祝いに駆けつけたはずなのに、すっかりパワーをいただいて帰ってきた、素敵なバースデーパーティー。企画・運営してくださった講談社「現代ビジネス」編集長の瀬尾傑さん、本当にありがとうございました。 そして田原さん、あらためておめでとうございます!!  


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