OTO ZONE

「グランパのいたずら」

2014年1月12日

 南アフリカ第3の都市・ダーバンから車で2時間半。インド洋に面した小さな町ポート・エドワードにやってきた。ここには、僕を南アフリカに誘ってくれた染谷西郷のお祖母様が住んでいる。海と、空と、大地と――。豊かな自然に囲まれたこの町では、ずいぶんと時間がゆっくり流れているように感じられた。

 今回は西郷だけでなく、日本に住んでいる西郷のお母様や、南アフリカの他の都市に住んでいる親族がこのポート・エドワードで一堂に会することになっている。昨年11月に亡くなったお祖父様の葬儀が執り行われるためだ。

 日本を発つ直前、西郷から「よかったら乙武さんも葬儀に参加してください」と伝えられ、少しばかり困惑した。喪服など持っていくつもりはなかったし、何よりお祖父様に一度もお会いしたことがなかったのだ。

 「だいじょうぶです。みんな普段着なので、喪服なんていりません。ただみんなで海辺に集まって、おじいちゃんの遺灰を海に撒くだけなんです。」

 南アフリカの人々がすべてそのような葬られ方をするわけではない。だが、本人の意向でそのような見送られ方を希望する人も、決して少なくないという。「多くの人に見送ってもらえたほうが、おじいちゃんもよろこぶと思うから」という西郷の言葉に甘え、親族ではない僕もその場に立ち合わせていただくことになった。

 夕方五時。つい一時間ほど前までは青空が広がっていたが、いまは鉛色の雲が空を覆っている。いつ降りだしてもおかしくない空模様だ。長男のデーブに支えられながら、砂浜に杖を突き刺しつつ、ゆっくり、ゆっくりと海岸を進んでいくお祖母様。僕らは黙って、そのあとに続いていく。

 「このあたりにしましょう」

 お祖母様は波打ち際まで20m付近のところで立ち止まると、三男のアランが用意したキャンプ用の折りたたみ椅子にゆっくりと腰を下ろした。彼女を囲むようにして、各々が砂浜に座りこむ。

P1100090.jpg1

 「みんな、今日はグランパ(グランドファザー、お祖父様のこと)のために集まってくれてありがとう。彼は本当にやさしくて、紳士的で、ユーモアがあって――素敵な人でした」

 お祖母様のあいさつが終わると、参加者みんなで、しばらくお祖父様の思い出話に花を咲かせた。誰もが「彼のジョークにいつも笑わされた」と、なつかしそうに振り返っていた。西郷がSkypeで最後に話したときにも、彼はジョークを言っておどけていたそうだ。

 話が途切れた頃、西郷がギターを手に取った。波音に混じって、弦を弾く音が聞こえてくる。

 「三月の終わり 季節はまためぐり――」

 もう十年以上も前に、西郷が大切な人を亡くしたときにつくった『光』という曲だ。だが、その声にいつものような張りはない。くぐもるような歌声に違和感を覚えた僕は、そっと西郷のほうを振り返った。その頬は、涙で濡れていた。空からはぽつり、ぽつりと雨粒が落ちはじめ、砂浜に黒いしみをつくりだしていた。

 西郷の演奏が終わると、西郷のお母様と三人の弟たちが遺灰の入った木箱を手にして、海のほうへと歩んでいった。お祖母様は折りたたみ椅子に体をうずめたまま、じっとその様子を見守っている。

P1100092.jpg1

波打ち際までやってきた四人だったが、膝元まである海水パンツを履いていたデーブとアランのふたりは、木箱を持ってさらに進んでいく。あっという間に膝まで浸かる位置までやってきた。そのときだった。

 ザバーン――。

 突然、白いしぶきを上げる波がふたりに押し寄せた。体格の良いアランは何とか持ちこたえたものの、デーブはこらえきれず、思わずもんどりうった。そこに次の波が襲いかかる。デーブはついに仰向けにひっくり返り、全身に波をかぶってしまった。自分を仰向けに押し倒した波が引いていくと、デーブは上半身だけを起こして、「OH, NO」とばかりに両手を広げてみせた。

  お祖父様譲りのユニークさで冗談ばかり言っている次男のギャリー、三男のアランと違い、ヨハネスブルグで教師を務める生真面目なデーブ。そんな彼が見せる滑稽な姿に、「くっ、くっ、くっ」と最初に笑い出したのは、お祖母様だった。それにつられて、みんなが「くっ、くっ、くっ」「あっはっはっ」と笑い出す。そのハプニングをすぐとなりで見ていたアランなどは、腹を抱えて笑い転げていた。

 お祖母様は折りたたみ椅子からその様子を見ていたが、手にしていたお祖父様の遺影に向かって、こうつぶやいた。

 「きっと、グランパの最後のいたずらね」

P1100078.jpg1


「南アフリカのHIV問題」 「太陽が降り注ぐ場所」(前編)
「南アフリカのHIV問題」
「太陽が降り注ぐ場所」(前編)
乙武洋匡公式サイト|OTO ZONE |
©2014 Office Unique All Rights Reserved.