OTO ZONE

朝日新聞「逆風満帆」(下)

2011年3月5日

朝日新聞・土曜版『be』の人気連載「逆風満帆」にて、3週間にわたり、
乙武洋匡を特集していただきました。朝日新聞様のご厚意により、
当サイトにも掲載させていただくことに!

本日は、第3回(下)・「萎縮した教育現場で」をお送りします。

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2007年4月。乙武洋匡(34)は東京都杉並区で、区立小学校の先生になった。同じ区立の和田中学校には「夜スペ」などで話題を集めた民間人校長、藤原和博。乙武は学校改革に熱心な杉並区が独自に採用した、任期つきの教員だった。1年目は道徳や理科などを教えることになった。

しかし強い逆風が待っていた。

赴任初日、宮山延敬校長(当時)は、乙武に言った。「先生の赴任を快く思わない先生もいらっしゃる。気をつけて下さい」

現場は「介助の必要な教員が来ると仕事が増える」「メディアが来て学校が混乱する」と反発していた。どうせ腰掛けだろう、と面と向かって言う教員すらいた。

乙武は孤立しがちになり、繰り出すアイデアも却下された。

理科で栽培した豆をゆでて食べてみよう、という計画は、食中毒の恐れあり、と中止させられた。

田植えの際の「はだしで泥の感触を味わうのもいい経験。靴下をはかせるのはやめたらどうですか」という提案も、却下。

日々、自衛のための書類作りに忙殺される教員らの目には、暴挙にしか見えなかったのだろうか。

ホストクラブを経営する親友・手塚真輝(33)が言う。「彼の正論は、厳しい現状の中でもまれてきた先生には、無責任に思えたのかもしれないね」

この間、妻と話す気力すら失ったという乙武は「異質なものは受け入れられない雰囲気がありました」と、言葉少なに振り返る。

しかし、「毎時間の授業の展開をノートに書き、介助員と連携して、子どもの立場に立った授業をしていた。ことに命の大切さを、上手に伝えていました」と評価し、学びあった同僚もいた。

担任をまかされた2年目、“逆襲”に転じた。子どもたちとじっくり向き合うため、保護者と信頼関係を築くことから始めた。

「23人の子どもたちと僕と介助員の大野(新一)、保護者のみなさん。全員で3年2組ですから」

最初の保護者会で、そう語りかけ、いつでも見学にどうぞ、と誘った。放課後は携帯電話で、保護者に子どもたちの様子を伝えた。

答えはわかるのに、授業で挙手できない女の子の母に、乙武はこう伝えた。「泣いちゃったけど、最後までがんばって発表しました。ほめてあげて下さい」。母は「ほめるために電話を下さるなんて。本当に驚きました」と話す。

逆上がりが苦手だった男の子は、ふざけてばかりいて努力しなかったのを乙武にしかられ、手の皮がむけるほど練習した。その翌日。「先生は『がんばったよな』と息子をほめ、みんなの前で逆上がりをやらせてくれたそうです」。母親は、乙武からの電話で知った学校での様子を、その場で見ていたかのようにつぶさに語った。
●23人の「色えんぴつ」

学校と保護者の間の、疑心暗鬼というモンスターは消えていた。

任期最後の3年目。「思い切ってやらせてもらった」という。

たとえば、「運動会の80メートル走の全レースで2組が1位になったら、丸刈りになる」と約束。全レース1位は逃したが、努力をたたえて子どもたちにバリカンを渡し、乙武の髪を刈らせた。「職員室で、しかられたけどね(笑)」

一心に愛情を注ぎ、ほめて泣き、叱って泣く乙武は、子どもたちを変えた。臆せず挑戦するようになり、お互いにその様子を認め合うようになった。勉強が苦手な男の子が、乙武の励ましの結果、最後の漢字テストでただ一人100点を取った時は、みんなで拍手を送り、乙武はまた泣いた。

乙武は教室に、筆で書いた文字を掲げていた。2学期は「23/6800000000」、3学期には「1/6800000000」。地球上にいる68億人の中から、仲間として出会った23人。そして、一人しかいない自分。仲間と自分を大切にしようと教えた。

10年春、子どもたちはクラス文集を「色えんぴつ」と名付けた。一本一本違う色。折れやすいけれど、折れてもまたやり直せる色鉛筆――。伝え続けた「みんなちがってみんないい」は、届いた。「いいクラスになった。報われたな、と思いました」。話す乙武の目に、涙がにじんだ。

3年間の教員生活は終わった。でも乙武を杉並に誘った藤原は言う。「彼は、何かを変える、とんでもない力を秘めている。先生としてあの体では普通ありえない経験を積んだ彼が、今度はどこで力を発揮するのか。楽しみですね」=敬称略

(魚住ゆかり) 1033002892_67_6


朝日新聞「逆風満帆」(中) わかりあう。わかりあおうとする。
朝日新聞「逆風満帆」(中)
わかりあう。わかりあおうとする。
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