OTO ZONE

「南アフリカのHIV問題」

2014年1月10日

 マーゲイトというインド洋沿いの町にある「GENESIS CARE CENTER」を訪れた。ここは12年前にHIV患者のためのホスピスとして建てられた施設で、4年前からは癌や結核などの病気に苦しむ患者も受け入れている。入所者40名に対して、60名のスタッフで対応するという手厚い体制で看護に当たっている。

 南アフリカでは、エイズが社会問題となっている。15歳から49歳までの5人に1人がHIVに感染しているという統計もあり、エイズによる死は年間35万人にも上ると言われている。これがタウンシップ(旧黒人居住区)となれば、さらに感染率ははねあがる。「HIVに感染していない恋人を探すのは難しい」と言われるほどで、実際にタウンシップに住む6割前後の人々がHIVに感染しているという。さらに貧困地域では、結核も猛威をふるっている。

 抗レトロウィルス薬治療により、HIVは死に直結する病気ではなくなってきたと言われる。しかし、HIVは性交渉によって感染するケースが多いことから、人々はHIV感染をスティグマ(恥辱)であるととらえ、自身が感染者であることを公表しない人々も少なくない。そのために治療が遅れてしまうことも問題のひとつだ。

 また、あえて治療を拒む人々もいる。感染者には障害者手当が支給されているが、治療によって免疫が上がれば、手当は打ち切られてしまう。そのため、貧困地域の感染者たちはあえて薬を飲まず、支給される障害者手当で細々と暮らしていくことを選ぶのだという。エイズ対策は、失業者対策とも密接に結びついていることが窺える。

 この施設が開所した当時は、ほぼすべての入所者が亡くなっていたが、心身におけるケアの手法が確立したいまでは、53%の人々が家族やコミュニティのもとに戻れるようになったという。だが、職員たちは決してその数字に満足しているわけではない。

 「それでも47%の人々は亡くなっている。ここで働きはじめたときには『(入所者の死に)そのうち慣れるわ』と言われたけど、もう何年も経ったいまも慣れることはありません」

 先ほども書いたように、感染者にはタウンシップ(旧黒人居住区)で貧しい暮らしをしている人も少なくない。感染によって稼ぎ手を失った家庭は、ただでさえ苦しい生活がさらに苦しくなる。また治療の甲斐なく患者が死を迎えれば、それまで支給されていた手当も打ち切られてしまう。遺児に支給される手当はわずかであり、十分な支援がなされているとは言いがたい。祖父母や近所の人々の世話になりながら、何とか生き延びていくしかない。

 「そうした環境で育つ子どもたちのなかには、非行や妊娠などでドロップアウトしてしまうケースも少なくありません。ですから、ここにいる入所者を救うというのは、彼らの家族を救うということにもなるのです」

 HIV患者の看護をするにあたって最も困難なのは、じつは心のケアなのだという。彼らのほとんどは、みずからがHIV患者となったことに大きなショックを受け、自暴自棄になる。そうして傷つけられた尊厳をどのように回復するのかが、ケアにあたっての大きな課題なのだという。

 ある日、32歳の女性が入所してきた。彼女はレイプによってHIVに感染。その経緯から彼女は自分の存在を恥じ、入所後もみずからの顔を隠すようにして誰とも目を合わせることをしなかった。カウンセリングをしても、「私は生きる価値のない人間です」と口にするばかりで、なかなかカウンセラーにも心を開こうとしなかったという。

 入所から10日後、彼女は職員のすすめに従って、ビーズ細工の教室に参加した。彼女はビーズをひとつ通すごとに、不安そうな表情で「これでいいの?」と教師に向かって確認した。教師はそのたびに大きくうなずいて見せた。ビーズを通しては確認、通しては確認――その作業はじつに100回以上も続いたという。ついにネックレスが完成。教師はそのネックレスを手に取り、そっと彼女の前に差し出した。

 「これは、あなたが作ったのよ」

 「これを……私が……作った?」

 「そう、あなたは価値のない人間なんかじゃない。こんなステキな作品を作ることができる素晴らしい人間なのよ」

 彼女の目には涙があふれ、入所後、はじめて笑顔を見せてくれたという。その後、彼女は積極的に治療を受け、家族のもとに戻れるまでに回復した。だが、彼女を待ち受けているのは、自分をレイプ被害者とした劣悪な環境。それでも彼女は凛とした態度で家族とともにそのコミュニティでの生活を再開させた。決して大きな金額ではないが、ビーズ細工によって収入を得られるようにまでなったという。

 FUNKISTのメンバーととともに、そのホスピスでミニLIVEを行わせていただいた。ベッドの上でリズムを取ったり、ときに涙をぬぐったりと、入所者のみなさんによろこんでいただくことができた。そのなかで、僕が作詞を担当した「1/6900000000」も歌った。この世に生きるすべての人に価値があり、その一人ひとりでこの世界は成り立っているのだというメッセージを込めた曲だ。

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 みなさんの前でこの曲に込めた思いを説明すると、それまでずっと案内をしてくれていた女性職員が深くうなずいてくれた。

 「私たちが彼らに伝えたいのは、まさにそのことなのよ」

 この施設の名称にもなっている「GENESIS」とは、旧約聖書における「創世記」のことを指す。その語源となっているギリシャ語の「ゲネシス」には、「誕生、創生、開始、始まり、根源」という意味がある。この施設が多くの人々にとって終焉の地でなく、新たな人生が始まる場所として機能することを願ってやまない。


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