OTO ZONE

『何者』

2013年5月4日

 連休中はゆっくり読書でもしようと選んだのが、朝井リョウ『何者』(新潮社)。就職活動の情報交換をきっかけに集まった大学生の群像劇。就職活動を経験していない僕には、どこか遠い世界の出来事に感じられてしまうのかな、という不安は見事に裏切られた。

 TwitterやFacebookなどのSNSで表現している自分と、本当の自分との乖離。いや、「本当の自分」は正確な表現ではない。SNSでは表現できない自分。本音。心の叫び――。

「ああ、オレにもあるわ」

 就活を経験していない僕でさえ、何度もうなずき、ニヤリとし、思わず下くちびるを噛みしめた。

 いまから十五年前、「無名の大学生」だった僕が本を出すと、劇的に環境が変わった。街中でサインを求められ、カメラを向けられ、自宅前数ヶ所には写真週刊誌の記者に張り込まれた。「無名の大学生」だったはずの僕は、いったい「何者」になったのだろうと考え込んだ時期もあった。不安に押しつぶされそうだった。

 『五体不満足』出版当初は、「世間から期待される乙武さん」から逃げ回っていた。それから少し経って、「世間から期待される乙武さん」に近づこうと試みたりもした。いまでは、「世間から期待される乙武さん」と「等身大の乙武洋匡」を状況に応じて切り替えるスイッチを手にしたような気もする。

 あまりの窮屈さに呼吸困難に陥りかけていた以前に比べたら、ずいぶん生きやすくなった気もするけれど、それでも自分が「何者」なのか、いまでもわかったようで、わからない。「どんな自分になりたいのか」という理想像だって、ぼんやりと輪郭だけは見えているような気もするけれど、近づいてみると、じつにおぼろげで、曖昧な形をしている。

 そして、それは作者である朝井リョウ氏の胸中とも重なるのではないかと、本人にとってはおそらく迷惑な邪推をした。大学時代に出版された処女作(2009年、『桐島、部活やめるってよ』)がベストセラーとなり、映画化もされ、今度は直木賞まで――。十数年前に僕が抱いていた迷いや不安を、いま彼がなぞっていたとしても不思議はない。

 若き直木賞作家。周囲からの期待は、かなりの熱量で彼を取り巻いていることだろう。そして、その期待に応える自信もあれば、不安だってあるだろう。

「いったい、自分は何者になっていくんだろうか」

 岐阜から出てきた青年は、もしかしたらそんな思いを動機にこの小説を書き始めたのかもしれない――そんな主人公・拓人ばりに分析したところで、僕の推察はまったくの見当はずれで、この文章を朝井氏が読んだら、ふふんと鼻で笑い飛ばすかもしれない。でも、まあ、「作者はなぜこうした物語を書こうとしたのか」とあれこれ考えをめぐらすことも小説の楽しみのひとつだと、お許しいただきたい。

 彼の小説は、もちろん何か明確な答えを提示してくれるわけではない。だが、「自分って、何者なんだっけ?」という、普段できるだけ見て見ぬふりをしてきた問いをあらためてぶつけてくれる物語だ。ああ、面白かった。素敵な休日をプレゼントしてくれた朝井リョウ氏に感謝。

KaARn


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