OTO ZONE

Yearly Archives: 2011

まちの保育園

今日は、みなさんにとても大事なお知らせがあります。 ご存じのとおり、僕は2007年4月~2010年3月の3年間、杉並区立杉並第四小学校教諭として小学校に勤務していました。杉並区との契約は「3年間」と当初から任期が決まっていたために、残念ながら昨年3月で退職。それでも、この一年間、また何らかの形で教育現場と関わりたいという想いは、ずっと持ち続けてきました。 そして、その準備も進めてきました。 2011年4月1日、練馬区の小竹向原に保育園を開園します。その名も、「まちの保育園」。 教員時代、僕が強く感じたのは、「やっぱり家庭が大事だ」ということ。家庭が安定していれば、子どもたちは勉強だって落ち着いて取り組めるし、何か新しいことにチャレンジしようという意欲だって生まれてくる。ところが、いざ家庭が不安定な状況に陥ると、子どもたちは途端に落ち着きを失い、学校での様子にも異変が表れるようになってくるのです。 でも、世の中には様々な家庭がある。子どもの成長に目を向ける余裕のない、自分たちのことで精いっぱいの大人たちがたくさんいる。そんな子どもたちのために、何か役に立てないだろうか、より家庭に近い位置で子どもたちのために力を尽くせないだろうか――。 そうした想いが、今回の保育園開園というチャレンジにつながっていきました。僕は保育士免許を取得してないため、今回は僕自身が保育活動を行うというわけではありません。それでも、代表取締役を務める松本理寿輝(りずき)とともに、経営者という立場で保育の現場から子どもたちの成長を支えていけたらと考えています。 僕らの想いがつまった「まちの保育園」。ご支援のほど、どうぞよろしくお願いいたします!


残念な歌声(笑)

みなさん、昨日は『NEWS ZERO』観ていただけましたか? 人気コーナー「ZERO CULTURE」のなかで、FUNKISTとのコラボ曲 『1/6900000000』を特集していただくことができました。 「ああ、見逃しちゃったよ (>_<)」 「もっと曲に込めた想いを知りたい!」 という方は、『1/6900000000』ができるまで――というブログを 連載したので、そちらを読んでみてくださいね! さて、曲作りの相談のため銀座の喫茶店に集まった僕と染谷西郷。 西郷が曲をつくり、僕が歌詞を担当することはすぐに決まったが、 その席で、西郷はとんでもない提案を僕に持ちかけてきた。 「そのできた曲の一部、ぜひ乙武さんにも歌ってほしいんです」 ( ̄□ ̄;)!! 「西郷……何言ってんの!?」 「いや、前に乙武さんとカラオケ行った(ギターの)ヨシロウが 『オトタケさん、歌うまかった』と言ってたし、何より乙武さんにも 歌で参加してもらったほうが、より伝わる曲になると思うんです」 「うまくないし (>_<)」 でも。 〈より伝わる曲に〉かあ。 「わかった。じゃあ、西郷。いまからカラオケに行こう」 「へっ?」 「そこで俺が歌うから、おまえがいかに無謀なことを言ってるのか、 実感してくれ(笑)」 僕らはすぐさま、銀座にあるカラオケボックスに直行。 そこで、僕が普段から友人たちと趣味でやっているバンドで 歌っている曲や、恐れ多くもFUNKISTの曲を歌わせてもらった。     「ほら、どう考えても無理だろ(笑)?」 「いや、なんか乙武さんの歌声って、しゃべってるときとはまた違う、 力強くて、すごくまっすぐで――うん、なんかイメージ湧いてきた!」 湧いてきちゃ、ダメーーーーーーー(◎o◎)!! じつは、いまから10年以上も前、『五体不満足』を出版した直後にも、 同様の話をいただいたことがあった。当時お世話になっていた テレビ局プロデューサーの結婚式で一曲歌わせていただいたら、 その翌日に、同じく出席されていた方から「CDを出さないか?」と。 僕は、その場でお断りをした。だって、「いかにも」でしょ。 本が大ヒットした大学生(当時)が、勢いに乗ってCD発売!!だなんて。 だけど、今回ははじめて「歌ってみようかな」という気になっていた。 僕のなかでは「音楽をやってる」とか「CDを出す」という感覚じゃなく、 「FUNKISTと一緒にメッセージを伝える」という感覚になれていたから。 これまでは、著作や講演会やメディアへの出演を通して、 つまり、「書く」「しゃべる」という行為を通して、メッセージを伝えてきた。 それが、今回はたまたま未体験の「音楽」というフィールドであり、 「歌う」という行為なのかなって。 まあ、ホントはそんなことは後付けの理由で、歌詞を書くだけでなく、 「あのFUNKISTと一緒に、曲に参加できる!」という衝動的な よろこびのほうが大きかったのかもしれないけれど(笑)。 そんなわけで、ファンの方には誠に申し訳ないのですが、 今回の『1/6900000000』、西郷のステキな歌声にまじって、 もれなく僕のザンネンな歌声も聞くことができます(苦笑)。     すでにラジオでのON AIRやCDを聴いてくださった方からは、 「乙武さんがどこを歌っていたのかわからなかった」という声も いただいているので、今日は特別にちょっとだけタネ明かし。 ヨシロウ君のギターソロのあと、 「Ah 初めてだよ 君を感じると 体いっぱいに パワーが 満ちてくんだ 幸せという 魔法のペンキで 僕のすべてを あっという間に 塗り変えた」 という歌詞の部分を僕が歌っています! あとは、西郷とふたりで「ありーがとう♪ ありーがとう♪」 ぜひ、CDを聴いてチェックしてみてくださいね(^O^)/


『1/6900000000』ができるまで③

昨日のブログの続き。 「誰もひとりじゃない」 FUNKISTとそんなメッセージを伝えようと、僕は曲を書き始めた。 書きあげた曲をはじめてメンバーに見せたのは、彼ら7人が Vocal・染谷西郷の母国である南アフリカツアーから帰国した直後。 銀座での打ち合わせから、2週間ほど経ったときのことだった。 大阪・梅田のポニーキャニオン会議室。 僕が書いた歌詞が印刷され、メンバー一人ひとりに配られる。 手渡されたA4サイズの紙を受け取り、無言で読み始める7人。 僕は、祈るような気持ちでその様子を見守っていた。 「すげえ」 沈黙を破ったのは、西郷だった。 「なんか、いま乙武さんが書いてくれたこの歌詞を読んで、 パッとジグソーパズルが頭に思い浮かんだんですよね。 みんな一人ひとり、形は違うけど、でもそのすべてが必要で。 それぞれ得意なこと、苦手なことは違うけど、みんなでつながって。 なんか、ジグソーパズルみたいだなって」 その言葉に、僕は目を丸くし、部屋のすみに座っていた 事務所スタッフと顔を見合わせた。 「西郷、あのね。俺がいつも講演会で必ず話すのが、そのことなんだ。 まさにジグソーパズルの例えを使って、『みんなちがって、みんないい』 って」 「えっ、ホントですか?いや、そんなことまったく知らなかったけど、 この歌詞を読んで、本当にジグソーパズルが頭に浮かんだんですよ」 やっぱり、ふたりが見ているのは、同じ景色だったんだ――。 僕は、全身に鳥肌が立つようなよろこびと興奮を覚えていた。 歌詞は決まった。あとは、この曲にタイトルをつけなければならない。 「たしか、前に乙武さんが話してくれましたよね。小学校で先生を やっていたとき、模造紙にデカデカと書いたメッセージを教室に 貼っていたって」 「ああ、『1/6800000000』というやつね。みんなは、この地球上に 68億人もいるうちの、たった一人でしかないけれど、その一人の 代わりを務められる人なんて誰もいない、一人ひとりがかけがえの ない存在なんだってことを伝えたくて」 「タイトル、それをそのまま持ってくるんじゃダメですかね? なんか、この曲のメッセージを伝えるのに、乙武さんが教室に 貼っていたその言葉をタイトルにするのが、いちばんいいんじゃないか と思って」 「じゃあ、あれから人口が増えているから、『69億人』に。 『1/6900000000』に、僕らのメッセージを託していこうか!」 他のメンバーも、口々に賛同してくれた。 こうして、僕らの友情と大切な想いが詰まった曲『1/6900000000』が 完成した。 ****************************************************** 本日2月2日(水)、僕が作詞&サブボーカルとして参加した FUNKISTとのコラボ曲『1/6900000000』を収録した FUNKISTのNewアルバム『Pieceful』が発売されます。 また、今夜、日本テレビ系『NEWS ZERO』(22:54~23:58)の 人気コーナー「ZERO CULTURE」にて、『1/6900000000』が 特集される予定です。 レコーディングの様子や先日出演した渋谷O-WESTでのライブ映像、 さらには染谷西郷×乙武洋匡がこの「1/6900000000」に込めた 想いをたっぷり語った独占インタビューなど、見どころが満載。 ウルトラ必見&完全保存版です!! ※放送日は、予告なく変更になることがあります。


『1/6900000000』ができるまで②

昨日のブログの続き。 「メッセージを伝える曲を一緒につくりたいんです」 電話口の向こうでそう言ってくれたFUNKIST・染谷西郷の言葉に、 僕は何の迷いもなくうなずいていた。 その2日後、銀座の喫茶店で待ち合わせた僕らは、 すぐに具体的な曲づくりの話に移った。 西郷「僕が先に曲をつくって、そこに乙武さんが歌詞を書くのと、 乙武さんが先に歌詞を書いて、そこから僕が曲をつくるのと、 どっちのほうがやりやすいですか?」 乙武「じゃあ、西郷がやりにくくなければ、先に曲をつくってよ。 その曲を聴いて、そのあとで俺が詩を考えるから。 ちなみに、どんな感じの曲にする? テーマというか……」 西郷「とくに決めてるものはないんです。ただ、これまでFUNKISTが 伝えてきたことと、乙武さんが伝えてきたことが重なっている部分、 それをひとつの曲に込められたら、十分にメッセージ性のある、 みんなに伝わる曲になるのかなって」 その言葉に、僕はとても安心したのを覚えている。 それまで6年近くともに歩んできて、「僕とFUNKISTの重なる部分」は 心の底で十分に感じていたから。 その日から、僕はずっと曲づくりのことばかり考えていた。 そのとき、ちょうどあのニュースが飛び込んできた。 群馬県桐生市で、小学6年生の女児が首をつって自殺したという。 その原因は、間違いなく学校で受けていた「いじめ」にあった。 「学校はいじめに気づかなかったのか」「親は何をしてたんだ」――。 自分には何の責任もないと信じ込む人々の非難する声に、 「いじめはなかった」と心ない言葉を平気で口にする校長に、 何も力になってあげられなかった自分の無力さに、ただ腹が立った。 情けなくて、申し訳なくて、「ごめんね、ごめんね」と何度も思った。 僕は、このときの心境をつづったブログのなかで、最後にこう書いた。 「君のような苦しい思いで、この世を去っていく子どもが、 一人でもいなくなるように――。 僕にできる精いっぱいのこと、力を尽くしていくからね」 それが、この曲なんじゃないか。強く、そう思った。 「誰もひとりじゃないぞ!」 西郷が、ステージ上からそう叫ぶシーンを何度も観てきた。 そう、僕らはひとりなんかじゃない。 いまは孤独で、さみしくて、誰にも理解されていない―― そう思っている人もいるかもしれない。 だけど、どこかに必ず、君のことを受け止め、理解し、 ありのままの君でいることを認めてくれる人がいる。 きっと、いるはずだから――。 そんなメッセージを社会全体で発信していくことができたら、 いま孤独感にさいなまれている若い世代を、 みずから命を奪ってしまうような子どもたちを、 救ってあげられるんじゃないだろうか。 西郷の言葉が、耳の奥によみがえった。 「音楽で世界を変えよう」 僕は、猛烈な勢いでパソコンのキーボードを叩きはじめた。


講演会について

Twitter上で、講演会についての質問が多いので、 ここにまとめておきますね。 Q.1 講演では、どんなことをお話しするのですか? A.1 もちろん、そのイベントの趣旨や聴講者の層にもよりますが、 教員時代のエピソードやみずからの子育て、さらには自分の幼少期の 話などを交えつつ、「教育」「個性」「チャレンジ精神」などをテーマに お話しさせていただくことが多いです。 Q.2 講演スケジュールは、どこかに掲載されていますか? A.2 誠に申し訳ないのですが、原則として当HPには掲載していません。 各講演会とも、主催者様が独自に告知活動をされており、それによって いつも会場いっぱいのお客様にご来場いただいております。 そのため、僕のほうでブログやTwitterなどで告知をしてしまうと、 定員を大幅に上回る問い合わせが主催者様に殺到してしまい、 たいへんご迷惑をおかけしてしまう事態も予想されます。 このような事情もあり、あえてHPなどで告知することはなく、 いつも前日または当日にTwitter上でつぶやくような形での ご報告となってしまいますことを、何卒ご容赦ください。 Q.3 ○○県の○○町もいいところなので、ぜひ来てください! A.3 講演会は僕らが主催をしているわけではないので、せっかく みなさんから「来てください!」と声をかけていただいても、 こちらから勝手にお伺いすることはできないんです。 ぜひ、地元の自治体や大学などの教育機関、その他公共団体などに、 「乙武洋匡講演会を開催してほしい!」との声を届けてみてください。 Q.4 乙武さんを講演会にお呼びしたいのですが、どうしたら? A.4 当HPのトップページに、「出演依頼はこちら」という項目がありますので、そこから概要をお送りいただければ幸いです。当事務所スタッフが対応させていただきます。 以上、よろしくお願いいたします。


『1/6900000000』ができるまで①

FUNKISTのVOCAL・染谷西郷から電話がかかってきたのは、 昨年10月の終わり頃だった。 「僕たち、年明けにニューアルバムを出すことになったんです。 ほぼ全曲が出そろったところなんですけど、どうも僕のなかでは 『完成』と言えなくて…。どうしても最後のピースとして、 メッセージ性のある曲を、このアルバムのなかに入れたいんです」 そして、「そのメッセージを伝える曲を一緒につくりたいんです」と、 電話口の向こうで西郷は言ってくれた。 FUNKISTとの出会いは、もう6年前。 マカオのライブハウスで、彼らのステージに衝撃を受けた。 「バナナトレイン」 それは、南アフリカ人の母と日本人の父を持つ西郷が、 みずからの母国で直面した、白人と黒人の間に存在する壁、 そこで何もできずにただ涙を流すことしかできない自分の無力感、 でも、大好きな音楽を通して絶対に変えてやるという決意が、 なんのてらいもなく、ストレートにつづられた曲だった。 気づくと、僕は泣いていた。 「ああ、逃げてちゃダメだな」 『五体不満足』出版以来、僕はスポーツライターとして活動していた。 「スポーツの魅力が伝えたい」との思いに偽りはなかったけれど、 『五体不満足』が、予想をはるかに超えるほど多くの方に読まれ、 そのあまりの反響の大きさにとまどい、いつしか僕自身が注目を浴び、 僕自身がメッセージを発することに、憶病になっていた。 だから、僕ではない「誰か」の想いを伝える仕事を選んだのだと思う。 ところが、目の前のステージでは、僕よりも2歳年下の若者が、 何の迷いもなく、「音楽で世界を変える」と叫んでいた。 ただかっこつけで口にするような、そんな安っぽいセリフじゃなく、 「こいつは本気でそう思い、力のかぎり叫んでるんだな」と感じた。 だから、気づくと僕のほほは、涙で濡れていたんだと思う。 それ以来、都内で開催されているライブにはほぼ毎回通っている。 FUNKISTのライブに行きたくて、沖縄まで飛んだこともあった。 プライベートでも、よくメンバーとは食事に行った。 一時期、メンバーのひとりが「ちがう活動がしてみたい」と脱退し、 (のちに復帰!)バンドとして悩み、苦しんでいた時期も。 メジャーデビューするかどうかの決断を迫られていたときも。 彼らは仲間のひとりとして僕を受け入れ、相談してくれた。 僕もまた、苦しい時期には、いつも彼らに救われていた。 正直な話、教員時代は毎日が苦しかった。くじけそうだった。 そんなとき、いつも僕の力になってくれたのがFUNKISTだった。 彼らのステージに。彼らの発信するメッセージに。 あたたかな気持ちと、明日への活力をもらっていた。 「いつか、いっしょに作品がつくれる日が来たらいいね」 僕ら8人は、出会った頃からそんな話をしていた。 その願いが、いま叶おうとしている――。 僕は電話の向こうにいる西郷に、何の迷いもなく返事をした。 「やろう、やろう。ぜひ、やろう!」 2日後、僕らは銀座の喫茶店で待ち合わせをした――。


PV撮影中!

FUNKISTと『1/6900000000』のPV撮影中!


ミスマッチ

昨夜は、タリーズコーヒージャパン創業者であり、現参議院議員でもある 松田公太さんとの会食でした。おいしいワインと食事をいただきながら、 ゆっくりとお話をさせていただいたけれど、いまの社会に対して 「ここがおかしい」「こう変えていきたい」という感覚がとても似ている ように思えました。あらためて、今後もお付き合いできたらうれしいなあ。 (あ、だからと言って、僕が出馬云々という話ではないですよ(^o^;) さて、その席上で、とてもユニークなコンセプトでビジネス展開している 社長さんと出会いました。「リトルミスマッチ」という靴下を販売する 会社を経営する佐藤禎之社長。年齢は、僕より1歳年上。 まあ、ただ靴下を売っているだけではめずらしくも何ともないのですが、 この「リトルミスマッチ」の靴下、なんと左右バラバラの柄で 販売しているうえ、「3本1セット」での提供なのです。 佐藤社長「そもそも、なぜ靴下は左右同じ柄でなければいけないのか。 右と左でちがう色、ちがうデザインの靴下をはいたっていいじゃないか という考え方が、このブランドの始まりなんです」 コンセプトは、創造性(creativity) と 個性(individuality)。 実際、この靴下が売られていると、子どもたちは目を輝かせて選び始め、 大人では思いつかないような自分なりの組み合わせをチョイスするのだとか。 だけど、残念なことに、 「左右バラバラの靴下なんておかしいでしょ」 「そんな靴下をはいていって、学校でイジメられたらどうするの?」 と、せっかく子どもが選んだ商品を棚に戻してしまう親が多いのだとか。 佐藤社長「日本は、この“既成概念”というものが非常に根強い」 たとえば、靴下の数え方。英語では、かたっぽだけだと「ソック」。 2本以上だと、複数形で「ソックス」。それが、たとえ3本でも、4本でも。 佐藤社長「ところが、日本では左右そろって初めて“1足”。 足というのは、2本あるのが当たり前という概念があるわけですよ」 なるほど。ここまで聞いて、なぜ佐藤社長が足のない僕に、 ここまで熱く“靴下”について語ってくれたのか合点がいった。   佐藤社長「乙武さん、今日はぜひうちの靴下をプレゼントさせてください」 乙武「え、僕に靴下を!?」 佐藤社長「ドアノブにかけたり、加工してがま口として使ったり。 どう使うかは、乙武さんの自由です!」 そういえば、親友・手塚真輝は、もう十年以上も前から、 左右バラバラの靴下をはいている。それどころか、ときには靴までも。 他人からはギョッとされることが多いけれど、彼自身はそんな “ミスマッチ”をいつも楽しんでいる。 そんな既成概念にとらわれない自由さも、僕と彼を結びつける 共通点のひとつなんだろうなあ。


ピースボート乗船!!

みなさん、三連休いかがお過ごしですか!? 2011年は、みなさんがあっと驚くようなお知らせを たくさんお届けすることができそう! そして、今日はその第1弾。 オトタケ、ピースボートに乗船します!! ピースボートとは、世界各地での国際交流を目的として、 世界一周をする船舶旅行。 今回、僕が参加するのは今年4月24日に横浜から出航する 「第73回クルーズ」。 いったい、どの区間に乗船するのかは、お楽しみ! 今回の船旅でどんな出会いがあり、どんな経験ができるのか。 いまから、ワクワクしています。 みなさん、船上で待っていますよ!


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